「記憶力」と自分のアイデンティティ

happy girl playing with dogs on ground

自閉症スペクトラムの人たちはコミュニケーションが苦手で、行動に一定のパターンを作りだすと言われます。そして、記憶力が弱かったりすることもあります。ある特定のことは詳細に覚えていても、社会的に必要だと思われるようなことを忘れたりします。

それはうつ病の人や不安が多い人、そして気分的なアップダウンの激しい人、「生きづらい人」も同じことが言えます。男性は女性の目から見ると「忘れやすい」とみられるのも同じような理由があります。

man sitting on a concrete bench
Photo by Burst

どれも、「オートバイオグラフィック メモリー」と呼ばれるものに関係しているからです。

オートバイオグラフィックメモリーというのは、シュタイナーの人智学的な意味での「自我」を創っていくものです。つまり、自分のアイデンティティ、「私はこういう人です」という観念です。

自分自身の記憶によって、「私はこういう人です」というアイデンティティが創られるので、その記憶であるオートバイグラフィックメモリーが弱ければ、自分が誰なのかという自我感覚を持ちにくいことにもなります。それは、自分がこの世界でどんな役割を果たしていこうか、という大きな意味での目的を持てないということにダイレクトに繋がります。

例えば、問題が生じた時、他の人がどう考えるのか、どう感じるのか、どう行動するのか、過去の経験が助けます。

自閉症の人は「事実に関する情報」には素晴らしい記憶力を発揮します。ですが、それがどんな状況で、いつ、どこで、具体的にどんなことが起こったのか思い出すことが難しいのです。

特に男性脳が優位になると、難しくなります。(本来、男性脳という時、左脳のことを言うので、性別は関係ないですが、男性の方が左脳が優位になりやすい傾向はあるみたいですね。)

私たちの記憶と私たちが誰なのかというアイデンティティ(自我)との繋がりが、問題に直面したときにどう解決するのかということに自動的に繋がると言われます。

自閉症の人は複雑な情報に対しての記憶力があまり高くはありません。

情報をその場で整理整頓して理解しなくてはいけないような場合、それは記憶には残らないのです。

a handwritten slogan on a white and blue poster
Photo by Polina Kovaleva

そして、自閉症の人は「空間情報」に対しての記憶力が薄いのです。

どういうことかといえば、今、目の前にないものは、それがどこにかつてあったのか、ということを思い出すことはできません。前頭葉の機能不全が知られる自閉症独特の特徴です。

脳が最初から対象となるものを認知し、キーとなる情報を保存することができなければ、コミュニケーションスキルや、問題解決スキルがないということになるので、これは日常的にかなりのストレスになります。

当然それは日常的な行動にかなりの影響を与えます。

wood light dirty school
Photo by Markus Spiske

例えば、私が働いていたシュタイナー学校での低学年のある一場面。

女の子たちが昨日した人形遊びについて話しています。

ある男の子がそこに現れて、「バカじゃねー。人形遊びなんてつまんねーよ。外で木の家つくる方が楽しいもんね。」と言ったとします。女の子たちは、喋るのを止めて、その男の子を睨みつけています。

そこに自閉症の子が表れた時、その子はどう解釈をするか?と言えば、

「その子が見たものに応答する」形をとるので、最後に残った『木の家』の情報から、「その木の家どこにあるの?」という感じのことを言います。

自閉症ではない子がそこに現われたら、「バカなんて言わなくてもいいでしょ。そんなこと言うあんたがバカなのよ。」みたいな感じで、全体のコンテクストを掴んで言葉を発します。

unknown person climbing on brown wooden ladder
Photo by Lucas Pezeta

分かりますか?

自閉症の人にとって、その状況を記憶して、コンテクストを目に見えていない状態で整理整頓して、そこから話すことは難しいのです。

その記憶のオーガナイザーがオートバイオグラフィックメモリーというものなのです。

生きていれば、色々な出来事を経験します。それをエピソードとして記憶したりします。それをエピソディックメモリーと言います。

オートバイオグラフィックメモリーには、エピソディックメモリーとセマンティックメモリーという二つの記憶の形があります。

エピソディックメモリーは: 出来事が起こった日時、時間、場所などの記憶

セマンティックメモリーは:その情報に意味を与えるような一般的な知識や事実の記憶

です。

エピソディックメモリーは初めて学校に行って担任の先生に会ったこと

セマンティックメモリーは、先生の名前が佐藤先生という名前だった

という感じです。

セマンティックメモリーは「意味」「理解」「環境における知識」「その経験に直接関係のないコンセプト」ということでもあります。

幼い頃から集めた事実のコレクションがセマンティックメモリーです。感情や個人的な経験とは必ずしも結びつかない情報です。

例えば

・日本の首都は東京である。

・あの花は桜と呼ぶ。

・この犬の種類は柴犬。

・お母さんの携帯電話をオンにする方法を知っている。

・色の名前を知っている。

・阪神大震災は1995年1月17日だった。

というような感じ。

一方、エピソディックメモリーは、個人個人によって違ってくるもので、ある特定のポイントで起こった実際の出来事をもう一度組み立てて、特定の時系列につなげてその出来事や経験をより生物的に集めたもの。ということができます。

例としては、

阪神大震災が起こった時自分はどこで何をしていたのか。

高校入学の最初の日、誰と喋ったのか。

初めてのバイトの面接はどうだったのか。

お父さんとお母さんが喧嘩したとき自分はどうしていたのか。

初めて飛行機に乗った時の機内食は何だったのか。

などです。

そして、エピソディックメモリーからセマンティックメモリーに動いていくというのも特徴としてあります。特に子どもの頃は連続して新しいことを学び続けるので、これらのメモリーの移動が連続して起こり続けます。

エピソディックメモリーからセマンティックメモリーにゆっくり移行していくと、特定の出来事に関係する感情に対する敏感になっている部分などが減少します。

a kid getting bullied in the library
Photo by Mikhail Nilov

つまり、

「自分は学校に行くといつも虐められていて、今でも皆自分のことが嫌いだ。」というエピソディックメモリーが、

「小学校2年生の時に転校して、虐められていたが、今はその虐めは起こっていない」というセマンティックメモリーに移行すると、

それは過去のそういう出来事であったということにしか過ぎません。

セマンティックメモリーとエピソディックメモリーの両方で出来ているオートバイオグラフィックメモリーは心の健康にとって大事であり、ものごとの捉え方や人との関わりに欠かせないものです。

先ほども書いたように、これらが、「自分のアイデンティティ」を創るからです。

自分のアイデンティティという意味での「わたし、セルフ」というのはこんなコンセプトに分けることができます。

  • ワーキングセルフ: 認知、感情、行動を自分のゴールに向かわせる。
  • コンセプチュアルセルフ:態度、価値、信念など周りとの関係性を築く。
  • ロングタームセルフ:個人的な体験を評価したり整理整頓するために必要な長期的な情報や知識を得る。

これら3つが関わりあって、オートバイオグラフィックメモリーに影響しています。

さらにオートバイオグラフィックメモリーの4つの働きにはこんなものがあります。

  • 「個」への連続性の感覚を与えてくれます。何か記憶が抜け落ちたとしても、過去も未来も「これが自分である」という感覚に繋げます。様々なものごとの観方に繋げてくれる成長が変化として理解することができます。
  • オートバイオグラフィックメモリーは、他者との関わりの記憶や社会的な繋がりを作っていきます。
  • 過去の経験が今や未来の行動にガイドしていきます。
  • ネガティブな感情やストレスとなる感情に向き合ったり解消していくために大きな意味での記憶の整理や建築、統合を行います。

これだけ読んでも、オートバイオグラフィックメモリーは人の健全性に重要な役割果たしているのが分かります。

自閉症の人はこのオートバイオグラフィックメモリーが弱いということが分かっています。

自閉症の人が日常的に陥りやすい状態としては、

  • <セルフガイダンスの欠落>過去の記憶を呼び起こすことが難しいので、過去の経験を未来に反映させることは難しいのです。未来を描くことができないので、未来のゴール設定などが自閉症の人は立てにくくなります。
  • <社会的繋がりの欠落>社会的な繋がりを持つことが難しいので孤立しやすくなります。
  • <自我感覚の欠落>自分だけの唯一無二の記憶を保持しておくことで、自分のアイデンティティは出来上がっていきます。その記憶を保持できないということは、自分の意見や建設的な考えを持ちにくく、セマンティックメモリーが優位に働くタイプの自閉症の人は事実だけを記憶していくので、入ってくる情報を自分で消化することなく自分のアイデンティティだと勘違いしてしまい、そのアイデンティティは不安定になります。(真似が上手かったりします。)
  • <自分の正常化>個人の特定の経験を思い出すことができるということは、個としての正常で健康的な機能をする上でとても重要な役割を果たします。オートバイオグラフィックメモリーが曖昧な働きをしている状態だと、ある特定の感情などが記憶を乗っ取ってしまうような感じになるので、ストレス度が高く自分を正常化することが難しくなります。それが自閉症の人が鬱などの二次的障害に合いやすい由来です。(それ以外に腸内環境なども関係ありますが)

自閉症の人に関わらず、所謂「生きづらさ」を感じてきた人たちは、特定の出来事を詳細に上手く思い出すことができません。全てを大きく一般化する傾向が強いのです。

「いじめにあった」という経験は虐めにあった時の感情だけを記憶して、「自分は誰にも好かれない」という大きな解釈になったり、

「お母さんが自分をコントロールした」という経験は、「自分の人生は思い通りにはいかない」という解釈になったりします。

特定のことを考える、機能的回避、そして行動能力の低下などが、このオートバイオグラフィックメモリーの機能そのものにダメージを与えてしまうのですが、それは前回書いた脳のプラスティシティそのものに関係があります。ここを上手くアクティベートしていくことが大事だということなのです。(新しいことに挑戦するなど)

それに加えて、メモリーコヒーレンスというものあるのですが、それはまた別の機会に書きたいと思います。

自閉症の子や、ストレス度の高い不安症などの子とワークをするということは、それぞれのオートバイオグラフィックメモリーの特徴を掴む必要があります。どちらかと言えば、男の子はエピソディックメモリーが弱いので、目の前にある大事なことを情報として見せていく必要があります。そしてそれは「場所」「時間」などに共通した条件があることで、より伝わりやすく、記憶されやすくなります。イレギュラーな出来事に対応できないのはプラスシティシの問題なので、そこは前回のブログを参照にしていだき、今日提案できるのは、「場所」と「時間」がいつも同じであることを前提に「目で見える情報を供給する」。そして、もし忘れた場合、ヒントのなるような絵などを見て思い出せるように繰り返し続けていく必要があります。

女の子は、エピソディックメモリーが強く、セメントリックメモリーが弱い傾向があります。五感などでそれを刺激していくと思い出します。特定の音楽や香りなどの雰囲気を作りだすと思い出しますし、記憶しやすくなります。

dawn technology time watch
Photo by Tima Miroshnichenko

自閉症に限らず、男性と女性は脳の機能も違うので、ここを上手く利用すると良いです。女性は男性に対して、「なんで、そんな大事なこと忘れるの?」と思いがちですし、男性は女性に対して、「そんなことも知らないのか?」と思いがちです。正にセメントリックメモリー優位なのかエピソディックメモリー優位なのか、の話です。

little cute children playing and running in yard
Photo by Allan Mas

シュタイナーの人智学的な観方をすれば、「私は私である」という自我は16歳以上になってから出来上がってくる感覚です。これができていると、人としての安定感に繋がります。

まずは、生まれてから最初の7年信頼できる特定の大人との関わりで「安全」を感じていること。

それは触覚、運動感覚、平衡感覚、生命感覚の発達によって培われます。たくさん触れ合うこと、感覚過敏の子は少しずつそのキャパを広げられるようにしていくと良いです。それぞれの触覚のキャパは違います。そしてたくさん身体を動かして、伸ばして、縮んで、上下の身体の動きから前後と左右に広げていけるようにすること。生活のリズムを整えて次に何が起こるか身体が知っているような状態にしていくこと。最初の7年間にそれを積み重ねていくことです。

それから病気を親が恐れないこと。風邪などで小児科に走らないことや、風薬を飲ませないこと。健全な食生活や自然との関わりを大事にしましょう。自然治癒力を生かしていくこと、免疫力を小さいうちに高めていくことは一生の宝になります。

そして次の7年は、言語感覚、熱感覚、視覚、味覚を発達させていきます。(興味がある方にここは是非講座を受けて学んでいただきたいところです。)

そこからです。

健全な自我が出来るのは。

そうすると、自分と世界との健全な関わり方ができるようになるということ。大人になって自分の使命を占い師に聞いて渡る必要はないのです。自分の役割が分からない人は、身体から順番に未発達の部分を育て直すことです。

それはどんな障害があっても、同じこと。それぞれの人が違うから、世界で果たせる役割が違ってくる。自分を育てることは自分の個性を知ることから、自分の個性を育てることへの発展でもあります。それぞれの人がそれぞれのベースで発達していくことが大事なのです。

障害の有無に関わらず、これは全ての人が違うのだということを認めていくことでもあるからです。

大人になっても生きづらさを抱えている方は、是非次回のホリスティックアートセラピー(2時間半 X 12回 半年コース)か、 一年に一回、一年かけてやっていくセラピーコースの講座をお申込みください。

講座は要らないけど、個人的なご相談、もしくは個人レベルでの生きづらさ統合フルセラピーも承っていますので、ホームページトップからご覧ください。

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投稿者: mayumicosmiclight

神奈川県生まれ神奈川県育ち。20代でオーストラリアに移住。 感覚処理障害から精神的な不安定さに悩まされて大人になる。 感覚が全て繋がった状態であるシナスタジア(共感覚)を持つ学習障害者。 シドニー大学博士課程前期終了。Art専攻。 シュタイナー教育を学び、シュタイナー学校で手仕事やアートを教える。 自閉症スペクトラムや感覚過敏の子どもたちと関わる中で様々なことを学び実践。 現在はCosmic Light Therapy® Cosmic Light Pty Ltdディレクター。 感覚過敏や学習障害、スペクトラムなどを持つ子どもや大人のCurative Education, エクストラレッスン®、鉱物療法、ホリスティックアートセラピー、サウンドセラピー、身体を使った発達のサポートなどを合わせたホリスティックセラピーを用いて生きづらさや感覚過敏の人たちが、12感覚をバランスよく使い360度の空間を使うことで生きやすさを得るための知識を伝える講座や、身体と感覚、占星術を合わせて用いた講座などを行っている。地球にも身体にも優しいエシカル商品の販売を日本で販売。また、それぞれの人が乗り越えてきた人生経験を活かして社会貢献ができる人材育成を目指しLRCスクールで起業サポート講師をしている。

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